優劣の呪縛からの解放――身体の論理[2]

♦ 以前NHKの報道にもあったが、ロシアのウクライナへの軍事侵攻に隠れた形で、ミャンマーでは内戦が泥沼化している。無抵抗の住民をも巻き込む大規模な空爆を展開した国軍と、抵抗勢力との戦闘が深刻化しているのである。内戦ということでは、例えば、古くロ…

優劣の呪縛からの解放――身体の論理[1]

♦ ダンサーで振付家の勅使川原三郎氏を特集する番組(日曜美術館)を録画で観た。この番組では様々なシーンが連関なしに羅列されていて、番組制作者が一体何を理解し何を伝えようとしているのかが観ていてよく分からなかったのであるが、それはともかくとし…

パースペクティブ

♦ 内海信彦氏のfacebookへの投稿(9月26日)にこうある。―― 「(・・・)自分の考えを入れない、主体的に思考しない若者が、高校教師や、予備校講師になり、大学の講師や、教授にもなれる日本とは、全体主義の既成事実化を教育の場で達成した、世界的にも類…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (12)  ――孤独と連帯、ニヒリズムと創造――

♦ 作家で精神科医の加賀乙彦氏(1929-)は、かつて親しく交わった高橋和巳(1931-71)について、4年前の或る会見(この会見の模様はyoutube動画で観ることができる)の席で懐かしい思い出を語っておられたが、ここでは今から半世紀前、高橋が亡くなって間もなく…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (11) 

♦ 鈴木耕氏は大学生の時に当時出た『邪宗門』を読んで一気に高橋和巳の大ファンになったそうなのであるが、その鈴木氏は(森友文書改竄に関わった)佐川宣寿前国税庁長官(当時)が国会での証人喚問において証言拒否を繰り返したことに触れつつ、佐川氏の学…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (10) 

♦ 「人間にとってもっとも汲み尽くしがたいものは人間であり、人間の精神である。」――長文のエッセイ「暗殺の哲学」はこの言葉をもってはじまる。 高橋は司馬遷の『史記』の刺客列伝(ここには五人の人物が登場する)を読み返すことから、テロリズムについての…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (9) 

♦ 安倍元首相銃撃事件は政治的事件である。野党議員やジャーナリストの方々には政治の圧力に屈することなく、この事件が炙り出した統一教会と安倍氏との浅からぬ関係、カルト宗教と政治家との癒着をとことん究明していただきたい。ただ、心配なのは、病的と…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (8) 

♦ 今現に起こっている戦争を直ちに停止させること、あるいは今後戦争が起きないようにすることは、政治の役目である。それができるのは政治だけである。ただ、戦争という、しばしば発症する人類が罹患している不治の病い、人類にとって最も深刻な宿痾を“根治…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (7) 

♦ はじめに、フェイスブックの友達からいただいた、政治家に関する貴重な言葉を引いてみたい。 「政治の世界というものは希望がないように見えますが、個人の良心が政治に抗うという事が奇跡的に起きると、本当に多くの人が救われるように思います。」 「政…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (6)  

♦ 数日前のことであるが、安倍元首相が山口市内での講演で、敵基地攻撃能力について「基地に限定する必要はない。向こうの中枢を攻撃することも含むべきだ」という見解を示したそうである。本当に呆れ果てる。 武器によって戦争を抑止することはできないとい…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (5)

♦ 昨年末より、自民党内において憲法改正の動きが活発化しているようであるが、国の権力者には憲法を改める前に、まずは己れ自身を改めてもらいたい。公の場で躊躇なく嘘をつき、平気で人を見下し、公文書を隠蔽・改竄し、やたらに好戦的であり、にも拘らず…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (4)

♦ 目下の戦争をめぐって様々な情勢論が日々飛び交っているが、情勢論というのは如何にまことしやかなものに見えても、実はどれもこれも疑おうと思えば疑い得るものである。例外は原理的にあり得ない。このことは是非心得ておかなければならない。 ♦ 一方、20…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (3)

♦ 先日、日本維新の会が共産党の或る議員の懲罰動議を衆院に提出したというニュースを耳にした。何かと因縁をつけて人を威圧し攻撃する人間はどこにでもいるが、権力欲や支配欲によって己れの自我を幻想的に巨大化させた者が他人を踏み潰す、そうした行為が…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (2)

♦ 1963年は、「核兵器不拡散条約」(NPT)が国際連合で採択された年であるが(発効したのは1970年)、その年に発表した件の論考の中で高橋は、原爆はアメリカが保有する量だけで地球上の文明を十数回破滅させることができ、いずれ完成されるソビエト側におけ…

高橋和巳「孤立無援の思想」(1963)を読む (1)

♦ アメリカが北ベトナムへの爆撃を本格化させたのは1965年であるが、それより少し前の1963年に発表した論考の最後のところで、高橋和巳は次のように書いている。 「・・・現在ベトナムで戦われている戦闘についても、アメリカ側の北爆がいつ停止されいつ再開…

<平和への志> と <戦争への欲望>

♦ 思想と志について、高橋和巳は次のように書いている。 「どんな思想も最初は教えられるかたちで心の中へはいってくる。どんな観念もはじめはちょっとした思いつきにすぎない。そして、それが衒学的な知識や思いつきに終るか、一つの〈志〉となるかは、一に…

人間の尊厳について (6)――権力と孤独

♦ 森友公文書の改ざんを無理やり強いられ、しかも改ざんの責任を一身に背負わされたことで自死した赤木俊夫さんの妻、雅子さんが起こした訴訟で、国は認諾というこの上なく卑劣なやり方で逃げ切りを図った。ウイグル族への中国の人権侵害を声高に非難しなが…

人間の尊厳について (5)――感情の育成

♦ イマヌエル・カントの恐らく最もよく知られている言葉を想い起こしてみよう。 - 「私の上なる星をちりばめた天空」と、「私の内なる道徳律」、 - これら二つは感嘆と畏敬の念をもって心を満たす。 - しかも、この感嘆と畏敬の念は、件の二つ(星空と道…

人間の尊厳について (4) ――真理の重み

♦ 人を差別する者が差別される者に人間としての尊厳を認めていないことは言うまでもないが、彼は同時に、真理というものにも尊厳を認めていないのではないか。例えば差別者が被差別者を蔑視する理由は彼にとって真理であるわけであるが、このような真理は彼…

人間の尊厳について (3)

♦ 少し前に出た本であるが、青木理・安田浩一『この国を覆う憎悪と嘲笑の濁流の正体』の中で、安田氏は「中立の傍観者を決め込むメディア的感性」に関して次のような話をしている。――2016年に沖縄県高江の米軍ヘリパッド建設現場で、機動隊員が、抗議運動を…

人間の尊厳について (2)

♦ 今、報道では自民党総裁選の話題で持ちきりのようであるが、さぞかし党内ではさもしく卑小な政治家たちが、生活困窮者対策など喫緊の課題をそっちのけで見苦しい権力ゲームに没頭しているのであろう。ここで、椅子取りゲームに熱中している彼らに是非言っ…

人間の尊厳について (1)

♦ スリランカ人のウィシュマさんが施設で亡くなったことに関連する文書を名古屋入管が開示したのであるが、何と1万5千枚余りの文書のほとんどが黒塗りであったとのことである。例の赤木ファイルも最近まで国はその存否さえ明らかにしなかった。一体どこまで…

人形と気品  

♦ 日曜美術館 「ホリ・ヒロシ 人形風姿火伝」 を録画で観た。番組の紹介文にはこうある。 【人形師・ホリ・ヒロシ。等身大の人形を一から作り、その人形と一緒に舞う「人形舞」を創設。この世とあの世をつなぐかのような舞台は、伝統と前衛のはざまにあると…

終活と、生に対する傲慢

♦ 若い人にとっては例えば受験に成功するか失敗するか、就職に成功するか失敗するかは、決してどうでもよいことではない。それは多くの若者にとって切実な問題である。ところで、私は何年か前に終活という言葉をはじめて耳にしたのであるが、終活とは人生の…

意見と判断

♦ 悪事を暴かれていよいよ追いつめられた時に、このように宣った人間がいた。 「悪いことをしたと思わないが、謝れと言えば謝る」と。 この人間の気持ち悪さは決して忘れることができない。少し分析してみると―― ①「悪いことをしたと思わない」というのは第…

自由の諸相――(3) 孤立と開放性

♦ 人は誰でも自由を望む。圧制から自由になること、辛い仕事や不治の病や社会の不当な差別、等々から自由になることを望む。こうした自由=解放への欲求は非常に切実なものであり、分かり易いものである。が、こうした解放という意味での自由とは別種の自由…

自由の諸相――(2) 自由と制約 その1

♦ 国会での質疑で、答弁に立った官僚に対し総務大臣が背後から「記憶がないと言え」と指示したという報道が先日あった。無意識で口に出たそうであるが、権力が自己目的化し権力のための権力でしかなくなってしまうと、このような醜悪なことが起こるのである…

自由の諸相――(1) 自由と必然

『kyoukokukenbunshi’s diary』の「満たされないという自由」という文章を読んでその哲学的内容に刺激を受けたので、自由について少し論じてみる気になった。 ♦ まず上記の文章についてであるが、それは 「満たされない、悲しい気持ちというものは誰にでもあ…

愛と秘密

♦ 昨日の土曜日は吉祥寺のピアノスタジオNOAHでの髙橋全さん(ピアノ)と高橋美千子さん(ソプラノ)のイベントに参加した。天井の高い小さな部屋で、生まのピアノの音色、そして生まの歌声とフランス語の音を堪能する贅沢な時間を過ごしたのであるが、お二…

齋藤芳弘 著『嘘つきシンちゃんの脳みそ』――脳科学と〈こころ〉

♦ 本書は絵本風の小冊であるが、目立つのは、「かわいそうなシンちゃん」というフレーズが各左頁の一行目にルフランの如くに繰り返されていることである。底抜けの嘘つきに対して、著者は「かわいそう」という見方しかしない。ところで、最後の頁にこうある…